2009年06月11日
鳥と赤い実
つまらないことをぼんやり考え、ブログの更新のやり方も
忘れそうになっている間に季節は梅雨に入りました。
梅雨入り前にニンニクの収穫はすませたものの、
でき具合はちょっと失敗で小粒ばかり。
去年育て始めた山アジサイ(大山ブルー)は大きく育ち
雨が嬉しそうです。
湿り気が嬉しそうなのはホタルブクロも。
そしてお隣のグミの実もいつの間にか完熟していました!
さっそくムクドリが揺れる枝から嘴をのばして
どうかな、つまめるかな?
よしよし、成功です。
一番赤くておいしそうなのを選んでいるのはさすが。
そういえば、ひと月ほど前、反対側のお隣から聞いたことのない
鳴き声がして、あわてて二階の窓からのぞくと
サクランボに見たことのない鳥が6羽。
これは図鑑で見て、めぐり逢えたらいいなぁと思っていた
ヒレンジャク?
尻尾が緋色だから、きっとそうです。
渡る途中の上空から、めざとくサクランボをみつけて
降りてきたのかな。
こんな巡りあいができるなんて、お隣のおかげでした。
2009年04月29日
ニホンサクラソウ 嫋嫋
「嫋嫋として露なお重し」
これがニホンサクラソウが咲く姿の表現だそうです。
山野草の先生がそう言われた時、「嫋嫋」なんて古典的な漢字に
久しぶりにお目にかかったと感動しました。
女偏に弱いを二つ重ねて、ジョウジョウと読む!!
江戸時代に武士の間で好まれた花だそうで、今は準絶滅危惧種。
今年はじめて入手し、運よく開花しました。

今年はタイリントキソウも元気で群落になって咲きそうです。
山野草のほうは順調なのですが、巣箱のほうが……。
シジュウカラはメスになにか異変が起きたらしく孵化して三日目
寒さが揺り戻した朝、メスの姿がなくヒナたちは動かなくなっていました。
エサを銜えたオスが巣穴を覗いてびっくりして鳴く姿のあと
こちらも巣箱を覗いてびっくりして泣きました。
不思議なことにエサを銜えてきてびっくりするオスが二羽も!
もしかしたら一羽は父親、もう一羽はヘルパーだったのかも。
去年もおととしも、三組のペアが三回子育てに成功したのに
今年はそれっきり巣箱を使ってくれるカップルが登場しません。
周辺を飛び交うシジュウカラの個体数が減ったのか
巣箱を置く家が増えて住宅事情がよくなったのか、
後の理由だといいのですが。
2009年04月25日
デジスコ講習会
デジスコ講習会に参加してきました。機材は全部、それに
一台15万円くらいする望遠鏡も貸してくださったのですが、
腕前だけはだれからもお借りできず、自前だったのが残念。
覚束ないながらなんとかシャッターを押せたのがこのカワセミ。
池の前にトーチカが作られていて、人間の姿は隠したまま
レンズが向けられるのです。人が見ているのを知ってか知らずか
エビのようなものを捕まえていました。
講師は、叶内拓哉先生。失礼なことにどんな方か存じ上げないまま
参加し、野外から室内に移ってビール片手に
面白いお話をうかがううち、すごい方なのだとびっくりしました。
鳥や自然に対する知識と愛情。
それらがあってこそ、それらが集積されてこそ、
いい写真が撮れるのだとしみじみ感じました。
オスがメスを見守っている姿、これもトーチカからです。
ほかの参加者は小さな鳥もいっぱい撮影できたのですが
私には無理でした。ウグイスが囀っている姿、撮りたかったな!
2009年04月21日
キジバトの卵
玄関ドアの正面に椿が植わっています。
ある日ドアを開けると、キジバトと目が合いました。
正面の椿の枝に巣をかけて、そこで卵を抱きながら
こちらを見ていたのです。
それ以来、ドアを開けるたびにキジバトと目が合い
「がんばってね」と声をかけますが、通じたのか
通じないのか、瞬きもせずじっとこちらを見つめます。
さきほど巣に親の姿がなかったのでのぞくと、
椿のそばにあるドウダンの小枝を折って集めた粗製乱造の巣です。
白く輝く卵が二つ。
孵化したら、玄関を開けるたびにヒナとも目が合うようになる?
楽しみです。
それにしても、なんて雑な巣なのでしょう。
2009年03月14日
春の野良へシロハラ
ごぶさたしました。あまりに長いご無沙汰でしたが
季節はめぐり、ジャガイモ植え付けの準備です。
今年のジャガイモはにんにく畑の西側。
家庭菜園用耕運機 「プチ菜」が耕した後を
もう北へ帰ったかと思っていたシロハラ(?)がまだ
我が家の近くにいて、目ざとく飛んできました。
土の中に潜っていたみみずにありついてニッコリ。
冬の間、緑の葉を赤くして寒さに耐えていた
多肉植物の「虹の花」 もそろそろ葉の色を緑に
衣替えして春の準備です。
乙女椿も咲いて、庭がいよいよ春らしくなってくると
シジュウカラが巣作りを開始です。
スズメや何組かのシジュウカラカップルが巣箱の周辺
を飛び交っている間隙を縫って、「ダメダメ」と
叫びながらいち早く巣穴に飛び込んで居座ったのは
夏ごろから我が家にいついていたカップルのうちの一羽。
よかったね、巣を獲得できて。
このカップルは、落花生が食べられるエサと知らなかった
一歳児たち。子育ては初めてなのに、
遺伝子に刷り込まれた記憶なのか、大きな音を立てて
コケをかためるのに三日、五日目の今日は犬の毛を
運び始めています。
しばらく前、L&G「疑似通貨円天」事件がメディアを
にぎわしたころ、会長について「本人は人を騙して
いる意識はなく、もともと詐欺的性格が備わった
人格なんでしょう」とコメントした人がいました。
そう、あっけらかんとして本人は罪の意識なく
頭の中で人を騙したり、うまく利用してやろうという
シナリオが次々と湧いてきてしまう詐欺師的人格の
人間が本当に身近にいました。
近づかないよう警戒していたつもりでしたが、
ずっと狙っていたようで蔭からぬっとあらわれ、
お金でこそないけれど、莫大な時間や手間や
善意を掠めとられる被害にあってしまいました。
情けない冬でしたが、春はめぐってきました。
もう立ち直らなくちゃ。
2009年02月04日
シジュウカラのジャイアン
この日、いつもは騒がないヤマガラの鳴き声が、珍しく庭に
響き渡りました。
あけた嘴、輝く瞳、やる気まんまんの二羽のヤマガラは
梅の枝で、いつまでも騒いでいました。
そこへ「なんの騒ぎ?」といった表情で、のどかに飛んできたのは、
我が家に入り浸りの七羽のシジュウカラ。
そのシジュウカラをヤマガラは追い払らおうとしますが、
シジュウカラは 「なんで?」と梅の枝でぼんやりしています。
すると、このヤマガラ、いきなり一羽のシジュウカラの嘴に
噛みつき、振り回そうとします。そこではじめてシジュウカラは
攻撃されていることに気づいて焦ります。
そこへやはり我が家に入り浸りのメジロ4羽、ジョウビタキ1羽が
応援? 高みの見物? に駆けつけますが、
ヤマガラの噛みつきは続いています。
エサや水に不自由しないよう水場も三か所、バードフィーダーも三か所
おいたせいか、小さな鳥同志の争いを目にしたことはありません。
おだやかに順番待ちをして平和に共存していた我が家で
はじめてのバトル。
ヤマガラの噛みつきを振り切ってシジュウカラが逃げると
メジロもジョウビタキも後を追い、残ったのは二羽のヤマガラです。
じゃあ、その二羽のヤマガラが我が家を占拠するのかと思うと
翌日からまた7羽のシジュウカラ、4羽のメジロ、1羽のジョウビタキが
入り浸り、それに一羽のヤマガラがそのグループに加わりました。
時折キジバト、シロハラ、ツグミ、モズ、ヒヨドリ、ムクドリが
遊びに来ますが、庭の雰囲気は一変しました。
7羽のシジュウカラの中で、一番体格がよく、動きの激しいオスが、
ジャイアン化したのです。次に体格のいいメスがジャイ子。
のび太、スネ夫、安夫、はる夫、しずかちゃんたちが
バードフィーダーにいると、まずジャイ子が追い払いに飛んできて、
そのジャイ子をジャイアンが追い払います。
のび太が水を飲んでいると、いきなりジャイ子が突き飛ばしに
登場し、ジャイアンがミカンをついばんでいるメジロの
頭の上に飛び乗ったりもします。
そのジャイアンが一目置いているのはヤマガラ。
この一羽のヤマガラだけはジャイアンに邪魔されずにエサも食べ
お風呂にもゆっくり入ります。
このヤマガラがシジュウカラの嘴にかみついた個体なのか、
ジャイアンが噛みつかれた個体なのか、残念ながらわかりません。
ヒヨドリもキジバトを目の敵にして、顔をあわすと
追いかけまわすようになりました。
平和共存していたコミュニティーになぜジャイアンが生まれたのか
のび太たちがジャイアンのグループからなぜ逃げ出さないのかも
わかりません。ジャイアンがたまにのび太たちに
「心の友よ」なんて抱きつくことがあるからなのかな?
、
2009年01月24日
野鳥の寿命
春先、巣作りをして、卵をあたため、やがてヒナがかえって
巣箱から飛び出し、親子でやさい畑の虫を食べながら夏から秋へ
人間を高みの見物しながらのどかに暮らすシジュウカラ。
エサのない冬は、人間がバードテーブルに置いたヒマワリの種や
ピーナッツを食べて春を待ちます。
その姿はわがやの庭でもとぎれなく続いています。
じゃあ、ずっと同じ個体?
それがどうやら、シジュウカラも、ヤマガラも、スズメまで
去年まで家の周りに住み着いていた個体と違うようなのです。
このおなじみのリースにつかまって、殻付きピーナツをつつく姿。
リースを初めて設置したのが2年前のシーズン。
まずはヤマガラ、その後をシジュウカラが真似し、そのうち
運動神経の鈍いスズメまで技を習得して
順番待ちしてつつくようになりました。
1年前のシーズンは、つるすなり待ち構えていたように、
シジュウカラもスズメも押し寄せ、うんざりするほどの騒ぎでした。
ピーナツがおいしいことを記憶し、リースにつかまる技術も
ちゃんと保持していました。
それが今年は、リースをつるしてから1週間たっても
どの鳥も見向きもしないのです。
テーブルに置いた好物のヒマワリの種の中に、親切に皮まで剥いた
ピーナツを混ぜておいても気味悪そうによけて、食べ残すしまつ。
どの鳥も、まるでピーナツが未知のもののように知らん顔。
やがて勇敢なシジュウカラが一つ食べてみることからはじまり、
その習慣は徐々に常連七羽のシジュウカラに伝搬しました。
次に、テーブルにはカラ付きのピーナツだけを置き
次にはテーブルには置かず、つるしたバスケットだけに入れて、
と段々にハードルをあげていくと
やっと3週間目にリースのピーナツをつつくようになったのです。
スズメもテーブルに置いてあったピーナツで味をしめ
食べたくてたまらないけれど、いまだにバランスがとれず
リースのそばでバタバタするばかり。
ということは、1年前の冬をわがやの庭で過ごした
ピーナツが大好きで巧みな技で食べていた個体たちではない!
シジュウカラも、ヤマガラも、スズメも、メンバー総入れ替え?
そういえば、大好きなバードバスにやってきて
こんなふうに頭をつっこんで、毎回シャンプーだけする習慣の
シジュウカラはわがやでははじめてみます。去年まではいなかった。
1年半とか、2年とか、うまくいくと7年とか、野鳥の寿命については
読む本によってさまざまな年数が書いてありますが、
昨シーズンにわがやにきてリースから巧みにピーナツをついばんでいた
野鳥たちはどうしちゃったのかなぁ。
一斉に世代交替したのでしょうか。
『血液型の暗号』という藤田紘一郎先生の本を読んでいたら
哺乳類だけでなく魚類やさらには植物にも、人間の血液型のような
ものがあると書かれていました。魚にあるならきっと鳥にも
あるのでしょう。
シジュウカラにもA型、B型、O型があって、陽気とか、几帳面とか
おおざっぱとか、性格の差があったりして……。
今年わがやで見るシジュウカラも、ヤマガラも、ジョウビタキも
去年の個体とは性格がかなり違います。
このメジロも、去年までのドメスティックバイオレンス的な
オスらしいのがメスらしいのをいじめるカップルと違って、
心優しくおだやかな二羽です。
そうした野鳥たちがつくりだすコミュニティーも、去年とは大違い。
意外な様相を見せています。それについてはまた次回に。
2009年01月04日
A Happy New Year!
あけましておめでとうございます。
昨年は間遠な更新にもお付き合いくださってあたたかなコメント
ありがとうございました。
これは初日の出より三日前の葉山の日の出です。
子供たちからのお歳暮「葉山一泊旅行」で泊まったホテルでは
テーブルに「今日の日没時間、明日の日の出時間」のメモが
置かれていて、その時間になるとどの部屋のテラスからも泊まり客が
顔をのぞかせています。
窓から見えるのは、海、太陽、富士山、江ノ島。自然だけ。
裏山からは野鳥の声が賑やかに聞こえています。
横浜から車で4,50分で、南仏にでかけたような気分になり
帰りには佐島漁港でとれたばかり、泳ぎ回っているイカを
買ってきました。
帰宅して年越し準備。
『現代農業』に載っていた農家の副業「手づくり門松」の写真
を見たら自分でも作りたくてたまらなくなりました。
問題は竹。ホームセンターでも売っていません。
竹藪を背にした近くの農家にお願いし、のこぎりを持って
夫と二人竹やぶに入り込み、生まれて初めての竹取。
切り口に鉋をかけて鉢に置き、葉ボタン、南天、笹、プリムラを
植えこんで出来上がりです。
お調子に乗って空いていた鉢三つにも門松を入れ、
友人に無理に押しつけました。ごめんなさいね、不出来なものを。
来年はもっと洗練された門松を作りますから許してね。
さて、やさい畑では、常駐のシジュウカラとグループで
行動するようにになったジョウビタキのメスが大のお風呂好き。
シジュウカラと別行動してまでも、お風呂に入りに来ます。
その目の行き届かない間隙を縫って、二年ぶりに
ジョウビタキのオスが遠慮がちに遊びに来ました。
ジョウビタキのメスが混群を作っているのは二羽のシジュウカラ。
オスは単独行動。
鳥にもいろいろ事情がありそう。
今年も庭に来る鳥を待つ一年になりそうです。
2008年12月17日
小金井公園江戸東京たてもの園
ごぶさたしました。
プロバイダーから「更新をさぼっていますね、だめじゃないの」
って感じのお叱りメールが届き、「宿題しないでだめじゃないの」と
叱られていた小学生時代を思い出しました。
遅ればせながら小金井公園のご報告を。
東京に住む子供たちが企画した「おばあちゃんの紅葉狩り」、
今年は小金井市、小平市あたりを見て回りました。
横浜から途中寄り道をして目黒通りから山手通り、国道20号線。
両側の銀杏並木は、まるで金屏風をたてたように輝き、
舞い散る黄色い葉っぱをかいくぐりながら走ると、
これが東京都内? と思えない夢のような道でした。
小金井公園につくと、「江戸東京たてもの園」の看板が際立って見え
そのまま吸い込まれるように入ると、予想外の楽しい場所でした。
これは移築した農家の庭先。
万世橋からトレーラーで運ばれてきた明治時代の交番のまえで
投函する気分になっているのが90歳の母。
手を突っ込んでみたらポストの口は閉じられていたそうです。
下町の家並みの奥に見える銭湯「子宝の湯」は
『千と千尋の神隠し』の「油屋」という湯屋のモデルになったそうで、
いまにもあの大きな顔の「湯婆婆」がでてきそう。
手前の荒物屋、和傘問屋、花屋などの商店街に混じっていたのは
小寺醤油店。
東京港区白金にあったこの小寺醤油店は、ここに移築されるまで
恵比寿に住む私の幼馴染の行きつけの店でした。
味噌や醤油を量り売りしてもらっていたそうですが、
ここに並んでいる樽や瓶は、開けて確認してみましたが
残念ながらからっぽ。でもふっと味噌の香りが漂ってきそうでした。
このあたりから母の歩く速度が落ちてきたので、はじめて
公園備え付けのレンタル車椅子をお借りしました。
政界、財界の著名人の豪邸も車いすのまま見物です。
そうした立派だけど住むのはご遠慮したいような豪邸群のなかで
はっと心をひかれたのはさりげないこの家。
大屋根に落ち葉の積もったこの家に、一歩踏み入れただけで、
「わー」っと気持ちが高揚し、思わず「住みたい」とつぶやくと
「東京文化会館、国会図書館、東京都美術館を建てた建築家
前川國男さんの自宅ですよ」と
ボランティアガイドに声をかけられました。
権力財力の誇示とはほど遠く、住み心地最優先で建てらている
感じです。1942年築。ほんとうに心和むすてきな住まい。
この間、横浜のつつましい我が家の留守番をしていたのは
冬の間だけ行動を共にしているジョウビタキとシジュウカラです。
「あら、おかえりなさい、どこへ行っていたの?」
2008年12月02日
鳥の視野
前回のブログに、わてこさんからいただいたコメントです
鳥の視野は、超広いらしいです!
ハトは、片目で169度、両方あわせて316度みえてるって!
ヤマシギって鳥は、両方あわせると359度だそうです(ほとんど全部だ!)
ただ、ものを立体的にみたり、距離をつかんだりするためには
両目で同時にみる「両眼視」が必要だけど
両眼視できる範囲が狭くて、
ハトは22度、ヤマシギは4.5度だって。
そんなわけで、正面顔のときは、両眼視してるわけなので
ちゃんと距離感までつかんで見えてるってことですね!!
以上、ネット情報でした。
​http://www.jstage.jst.go.jp/article/sobim/31/3/143/_pdf/-char/ja/​
わてこさん、ありがとうございます。
ってことは、このキジバト、もしかしたら後ろから撮影されていることが
見えているのね。いいなぁ、背後の気配がわかるなんて。
左のモズも、右のジョウビタキも、横目で私が見えていますね。
そしてこのシジュウカラは、
両眼を使って、鼻ぺしゃ、
くぼんだ目、やせぎすといった
私の立体像を、
正確な距離感覚を持って
見ているわけね。
じゃあ、この向こうむきの場合はどうなのかしら。
このごろ、視野ばかり気になります。
これは小金井公園の水辺で撮った写真です。
このあと、水に飛び込み、近くの水面にいた仲間を誘い
植木鉢まで連れ立って泳いで行って、鉢の上にいた先客に
「ねえ、そろそろ時間じゃない、その場所、交替して」 と頼むと、
先客は「そうね、ここ、居心地いいの、交替するわ、どうぞ」と
すんなり場所を譲りました。
小金井公園の鳥コミュニティは、平和そうでした。
次回のブログで、この公園の魅力をお伝えします。
2008年11月18日
ジョウビタキ 初水浴び
ジョウビタキの好きなポイントは、松の前にさした棒のてっぺん。
これって去年と同じ場所なので、もしかしたら同じ個体?
去年までは警戒心が強くその棒どまりで、
家に近寄ることはありませんでした。
今年は大胆に、人懐こく、徐々に家に近づいて
今日はバードバスに!!
水浴び。
はじめてのお風呂から上がって、まんざらでもなさそう。
いい気分らしく、羽をふるわせて水切りも見せてくれました。
ジョウビタキに目を向けていると、かならずそばに登場するのが
我が家に定住しているシジュウカラのペア。
どうやら、この三羽、気があってなんとなく一緒に
行動する仲になったようです。
寒い季節だけの、つかの間の付き合いでしょうが、
どちらも健康で、来年の冬もまたここで再会できるといいね。
2008年11月06日
禅寺丸柿
お向かいからいただいた禅寺丸柿。
川崎にある王禅寺というお寺に植わっていた種類の柿で
「柿生(かきお)」という地名の由来になったといわれています。
熟すとてっぺんが黒くなり甘みが増してくるおいしい柿です。
これが禅寺丸のなっているお向かいの柿の木。
背が高くて、上のほうは人間の手が届きにくく
カラス、ムクドリ、ヒヨドリ、スズメ、メジロがわがもの顔に飛び交い
毎日のように収穫祭の宴会をやっています。
ある日、柿のオーナーが高枝きりで収穫をはじめられると、
お隣が「届きにくいでしょう」と脚立を運んでこられました。
柿のオーナーであるお向かいが脚立に乗って柿を切る役、
脚立のオーナーであるお隣がその脚立を押さえる役、
どちらも持っていない私は、100円ショップで買った
透明ビニール傘をさかさにひろげて落ちてくる柿を受け取る役。
こうして三人で大騒ぎをしながら柿を取っていると
カラス、ムクドリ、ヒヨドリは遠くへ逃げて遠巻きに見物。
ところがメジロは反対に物見高く寄ってきます。
脚立の至近距離にある枝に、三々五々飛んできて
覗き込むようにして見物です。
ビニール傘には残念ながら骨があり、落下してくる柿が
骨と骨の間におさまるとは限りません。
骨に食い込んでしまったり、バウンドして傘から飛び出て地面に
たたきつけられたB級品も少しはできましたが、上の写真のような
すばらしくおいしい禅寺丸柿がたくさん収穫できました。
我が家の柿の木は不作で、実のない枝をむなしく
コゲラがつついています。
去年までは一羽できていましたが
今年は二羽連れ立ってくるようになりました。
おまけにいままで来たことのない、これはエナガでしょうか。
薄紅色のまじったかわいい小鳥が、数羽の集団で実のない
柿の木をとびまわり、ムラサキシキブの細い枝には
ジョウビタキが顔をうずめて小さな実をついばんでいます。
やさい畑に嬉しい冬の賑わいが戻ってきました。
2008年10月26日
シジュウカラの秋
気づいたら、やさい畑の隅で菊が満開です。
こうした昔からある在来種の植物は、ほったらかしでも
元気に咲いてくれるので大好きです。
柿の葉も、風が吹くたびにハラハラと散り、枝に残った何枚かが
赤くなりました。
我が家に居ついた、お花見好きのこのシジュウカラ、
この間まで金木犀の枝が大好きでしたが、
いまは残り少ない柿の葉を眺めるのが日課です。
この柿の木に、数日前にはコゲラ、オナガ、それにアカハラらしい
鳥が止まり、家の裏からモズらしい声も聞こえてきます。
それに、ついに2年ぶりにヤマガラが、シジュウカラやメジロと
10羽くらいの混群をつくって梅の木に飛んできました。
それはちょうど私が、母の代理で実質的に施主を務める
父の法事にでかける直前でした。
鮮やかなヤマガラの赤い色が心に染みました。
さあ、冬鳥たちがやさい畑に来てくれる、嬉しい季節です。
ヒヨドリも全部じゃ
困るけど少しくらいなら、
みかんをつまみ
食いしてもいいからね。
2008年10月06日
さびしいキジバト
数日前までは、もうちょっと灰色がかった親か、
きょうだいか、ペアかと、いつも二羽でそろってきていました。
電線に止まってやさい畑をながめ、飛び降りて作物の間を
ついばんで歩き、最後にバードバスの水を飲むという
お決まりのコースを二羽でのっそり、ゆったりこなす毎日でした。
それがこのごろ、一羽だけ。
私が家の中から「仲間はどうしたの?」と聞くと
キジバトは黙ったままこんなふうに、我が家の窓の中を
見つめています。いろいろ話しかけても目をパチパチと
動かすだけ。私がやさい畑に出ると
我が家の二階の屋根にあるテレビのアンテナに
飛び移り、誰に向かってか、低い声で鳴いています。
鳥の世界も、何らかの理由で別離ということがあり
いまこのキジバトはその悲しさに向き合っている感じです。
「寂しいよね」
彼岸花が庭から消えてもう十年くらい。それが何を思ったか
昔あった場所からひさしぶりに顔を出し、遅ればせながら
元気な花を咲かせました。
おまけに
今までなかった白い彼岸花まで、どこからか飛んできた種で咲いて
おめでたい庭になりました。
キジバトも、彼岸花にあやかって、だれか仲間が見つかるといいね。
2008年09月24日
信州で
両親の郷里、信州へ法事に出かけました。
これは途中で立ち寄った駒ヶ根市の光前寺。
山門から緑の中の階段を上り、行きつくとさらに緑の中の本堂です。
いいなぁ。深い木立に囲まれて……。
法事をしたのはここよりさらに南にある飯田市でした。
法事の前に、90歳を過ぎた母が幼いころ暮らした集落へ
車を走らせました。もう何十回もいかれるわけじゃないものね。
母の思い出探しのひとときです。
これが幼かった母が、塀の向こう側にある石に登って
道行く人を眺めていたという庭。 本当かな?
物忘れの進んだ人って専門用語でいう「考え不精による作話」
をするそうなのです。深く考えるのがおっくうで
パッと頭に浮かんだことを事実と思い込んで
口にしてしまう症状。
この塀の話もそれかなって半分思ってしまうのです。
ところで塀の外側の梯子は何に使うのかしら。
まるで泥棒のために置いてあるみたい。のどかだなぁ。
これがお米だか味噌だかを貯蔵していたという蔵。ほんとかな。
そうとう大勢の人が一緒に暮らしていたんだろうな。
大正時代は大家族だったのね。
それにしても建物は大正時代からそのまま?
本当だとしたら、きれいに維持されていてびっくりです。
これはお隣。
お寺の息子さんの一人が同級生で、人手が足りないと幼い母にも
声がかかって、チンボンジャランとお経の伴奏をしたというけど
……本当にそうなの? やってみたかったという願望かな?
いま、母が暮らした家も、お隣のお寺も、当時とは別系統の
しかも代替わりもあってどんな人が住んでいるのかわかりません。
でもきっと、少人数のご家族でひっそりと暮らしているのでしょう。
「ちょっと声をかけようかな」と母は思ったようですが
突然見知らぬ90歳の女性が、「昔ここに住んでいました」
と玄関先に立ったら、たとえ遠い親戚であっても
面食らうはず。遠くから眺めるだけにしておきました。
こうした大正時代と変わらぬ風景の中で営まれていても、
暮らしは激変しているんだろうな。
どんな人が、どんな暮らしをしているのか、実は私もちょっと
見てみたい気もしました。
それにしても、空気も、青空も、村の道も、生垣もきれいでした。






